
2013年12月に「和食=日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されてから10年以上が経過しました。今日では、和食は日本を訪れる外国人観光客に浸透し、人気となっています。日本の食文化は観光の目玉として受け入れられていることは疑いようがないでしょう。このことは換言すれば、地域の食は観光振興に寄与すると言えるのです。
ローカルフードを味わうことは旅行の醍醐味
旅行をする際、地方グルメを楽しみにしている人も多いはずです。その土地のものをその土地でいただく、ローカルフードは、旅行の醍醐味の1つになります。
しかし、ただ食べて「おいしい!」の一言で終わってしまうことが多いのではないでしょうか?今回はそうではない、ローカルフードの楽しみ方をご紹介しようと思います。
外国人観光客に人気の日本食
東京家政学院大学名誉教授の江原絢子氏は、和食の基本には「自然の尊重」があり、その中で多様な食材が生まれ、特徴的な食文化が育まれてきたと述べています。その和食は今日、世界中の人々に人気があります。
2021年に農林水産省が発表した資料によると、「和食」のユネスコ無形文化遺産登録を契機として、国内外で「和食」に対する関心が高まっており、訪日外国人観光客は地方の郷土料理を食べることを楽しみにしているとともに、好きな外国料理でも「和食」が1位に挙げられているとしています。
さらに観光庁の2019年の調査でも訪日外国人観光客が「訪日前に期待していたこと」の1位に「日本食を食べること」が位置しています。また、訪日外国人観光客に対し、日本の地方旅行でしたいことの2位に「郷土料理を食べること」がランクインしているのです。
興味深いことに、外国から観光で日本を訪れる人々にとって、単に「日本食」を食べることを楽しみにするのではなく、地方に赴き、その地域の郷土料理を食べることが日本へ訪れる際の人気のコンテンツの1つとなっているのです。
観光資源となりうる地域の食・郷土料理
少し、文献を紐解きましょう。
2012年に発表された大阪観光大学の研究によれば、観光動機における食事の需要が高まっており、観光目的地における食体験が旅行者の観光欲求を満足させる要素があることが指摘されてきたといいます。
学術的な視点では、食を目的とした観光は「フードツーリズム」や、美味学を意味する「ガストロノミー」と関連付けられ議論がなされてきました。主にイタリアやフランスなど、欧米の国々が研究の対象となってきたのです。こうしたツーリズムの形態は農業や漁業といった多くの産業、さらにはそれらの持続可能性が求められると指摘されています。
現在ではこうした研究は、その対象を日本食にも広げて行われています。
食事は、農業・漁業のほかに、様々な産業へ波及しています。流通・販売なども含め雇用を生み出す効果もあるのです。加えて郷土料理は地域の伝統や文化を後世に伝える役割ももちます。こうした伝統的な食事を観光振興に活用することは、地域全体にとって有益なのです。

国による郷土料理を観光に活用する取り組み
国も郷土料理を用いて観光振興や地方創生を行う姿勢を見せています。
農林水産省は2007年、食文化遺産の継承と普及のキャンペーンの一環として、「農山漁村の郷土料理百選」を選定しました。この中には北海道のジンギスカン、岩手県のわんこそばや、長野県の信州そばといったポピュラーなものから、山口県の岩国寿司や神奈川県のかんこ焼きといった、一般的に知れ渡っていない料理まで含まれています。
「農山漁村の郷土料理百選」は、全国各地に伝わる郷土料理のうち、各地で受け継がれており、人々が食べてみたい、また作る側が食べさせたいふるさとの味として国民的に支持されうる料理を選定したもので、それにまつわる歴史や文化、レシピなどをとりまとめたもので、これを活用し情報発信することで、地域振興や都市の農山漁村の交流を促進する狙いがありました。
現在では英語版のパンフレットも制作され、郷土料理をめぐる情報が海外へ向けても発信されています。
もちろん、日本の郷土料理は何も外国人観光客だけが楽しむものではありません。
今日では地域ごとの伝統的な郷土料理(香川県の「讃岐うどん」など)のように地域の生活と密接に関わってきた食事が観光の対象となり、地方自治体を通して公式にPRされ、地方創生に役立てられるケースもあります。
郷土料理を食すことで地域を知ることができる
ただ単にその土地の名物料理を食べることだけなく、その料理が生み出されたバックグラウンドを理解することで、食事を楽しむと同時に地域の文化や経済を知ることができます。
例えば、埼玉県の秩父には「みそ豚」という名物があります。その名の通り、味噌に漬けこんだ豚肉を焼き、ご飯の上に載せて提供される「みそ豚丼」は観光客にもポピュラーな逸品です。
ではなぜ秩父で「みそぶた」が名物になったのでしょうか。
秩父では古くから味噌の醸造が盛んに行われていました。山間部に位置する秩父では、その味噌が「みそ漬け」として食品の保存に用いられていたのです。猟でとってきた猪の肉を味噌漬けにしたことが始まりと言われており、「みそ豚」はそれを豚肉に応用したものなのです。
また、秩父では武甲山で石灰石の採掘が行われるなど、「労働者の街」という側面もありました。肉体労働の後には塩気の強い料理が食べたくなるものです。そうした事由から濃い味の料理が好まれる土地柄でもあったでしょう。味噌は秩父の人々にとってなくてはならないものだったのです。このような地域の歴史と文化によって秩父の「味噌」や「みそ豚」は誕生したと考えられています。
郷土料理は、食べることによって地域を知ることもできるのです。

B級グルメはカジュアルに地域の食を理解できる
一方で、「B級グルメ」に代表されるように、最初から観光を含めたPRを目的として「作られる」名物も存在します。観光振興や地方創生のために作られたものが一般的です。しかし、B級グルメも、その土地で生産されるものを一定程度活用しなければならないなど、それぞれに条件が設けられています。
毎年開催される「B-1グランプリ」は好評を博しています。B級グルメは郷土料理のように伝統や格式がない一方で、カジュアルに地域の食を堪能できる利点があります。こうした手軽な食も、入口としては有効に作用していると言えるでしょう。
「食」から地域をみる
筆者は旅行に出かけた際、その地域のスーパーや地場百貨店、それが難しければ道の駅など、その地域の食材が並ぶお店に入るのが楽しみの一つになっています。地域限定のグルメに舌鼓を打つのはもちろんですが、販売されている食材からも、地域の食文化と歴史を推察できるからです。
また、気になったものを購入する際もいわゆる「観光地価格」とは異なり、その地域の相場で買うことができる場合がほとんどです。
郷土料理もB級グルメも、地域の食材を使うことによって成立します。
食文化は地域を如実に表します。温かいのか冷たいのか。味のベースは味噌なのか醤油なのか。薄めなのか濃いめなのか。野菜類を使った料理なのか肉や魚を用いた料理なのか。こんな単純なことからも、地域をうかがい知ることができるでしょう。
ローカルフードの入口をB級グルメとして、その先へ続く郷土料理や地域の文化や伝統まで思いを至らせて楽しんでみてはどうでしょうか?
その土地に赴いて、その土地の料理を食べ、その土地を理解する。これはとても意義深いものと言えるでしょう。
食と観光は密接にかかわりあっています。ただ名物グルメを食べるだけでなく、その背景にも思いを巡らせることで、旅は一層、意義深いものになるはずです。
参考文献
- 江原絢子(2017)ユネスコに登録された「和食」とは何かーその特徴と継承ー.日本食生活学会誌(28)
- 尾家建生(2012)地域の食文化とガストロノミー.大阪観光大学紀要(12)
- 農林水産省(2021)インバウンドを通じた海外需要の取り込み・創出https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/nouhakusuishin/attach/pdf/suishin_kenkyu-16.pdf
- 農林水産省HP「農山漁村の郷土料理百選について」https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/kyodo_ryouri/