
鉄道にはさまざまな役割があります。大都市では、1日に大量の乗客を運ぶ鉄道路線がある一方で、都市間を移動する乗客を運ぶ新幹線や特急列車も数多く走っています。
また、鉄道が運ぶのは人だけではありません。食料品や本・雑誌を含む紙製品などを運ぶ貨物列車は、九州の鹿児島から北海道の旭川まで全国各地を走っており、人々の生活を支えています。中には、石油や石灰石といった特殊な物資を運ぶ貨物列車もあります。
人を運び、モノも運ぶ鉄道は、まさに現代を生きる人々の活動に欠かせない存在です。
しかし、多くの人の目にはとまらなくても、日々黙々と走っている鉄道も存在します。それが「ローカル線」です。「ローカル鉄道」という呼び方をする人もいるでしょう。
ローカル線やローカル鉄道といった言葉には、明確な定義があるわけではありません。なんとなく、ローカル線=JRの地方路線、ローカル鉄道=地方私鉄や第三セクターの鉄道、といった印象を持たれているのではないでしょうか。JR各社や大手私鉄によって運行されている路線もあれば、地方私鉄や第三セクターによって運行されている路線もあります。
ローカル線や地方のローカル鉄道が歩んできた道のりは、路線ごとに異なり、さまざまです。開業当初は沿線人口が多く、人を運ぶのに欠かせない存在であったものの、次第に利用者が減少して現在に至る路線は枚挙に暇がありません。
また、貨物輸送を目的に建設され、ついでに旅客も運んでいたものの、肝心の貨物がトラック輸送へと切り替えられたり、運ぶもの自体がなくなり、現在では数少ない旅客列車だけが残った路線もあります(北海道・室蘭本線の岩見沢~沼ノ端や岩手県の釜石線など)。
東北地方の太平洋岸を走る三陸鉄道や、群馬県と栃木県を走るわたらせ渓谷鉄道など、国鉄や後のJRから第三セクターへと運行が引き継がれた路線もあります。
鉄道の利点は、一本の列車で大量の旅客や物資を運ぶことができる点にあります。その点だけを考えれば、ローカル線は鉄道としての役割を終えたと考えることもできるかもしれません。
当然ながら、鉄道を走らせるには費用がかかるため、収益がなければその維持は難しくなります。国鉄時代から現在に至るまでの間に、多くのローカル線や地方のローカル鉄道が廃線、もしくは運行区間の縮小を余儀なくされてきたという事実もあります(中国地方を走った三江線や北海道の留萌本線など)。
多くの人はローカル線やローカル鉄道に次のようなイメージを抱いているでしょう。
- 沿線人口が少なく、大都市から離れたところを走っている
- 列車の本数が少なく、時間帯によっては列車の間隔が数時間空くことがある
- 単線(線路が1本)の区間が多い(もしくは全線が単線)
- 利用客が少なく、両数も短い
これらのほかに「車両が古い」や「遅い」といったイメージを持つ人もいるかもしれません。すべてに通じるのは一部の鉄道ファンを除き「良いイメージがない」という点です。
しかし、ローカル線に乗る旅ならではの魅力もあります。
鉄道を通して地域をみる、五感で感じる旅
筆者が思うローカル線の旅の魅力とは、「走っている地域を俯瞰できること」と「五感で感じる旅ができること」の二点です。
とくに、地方を走るローカル鉄道に乗ってみると、多くの場合、車内は閑散としています。乗っているのは、通院と思われる高齢者と、時間帯によって加わる通学の高校生くらいです。
しかし、この高齢者や高校生の会話を聞いているのが、とても楽しいのです。地域性を感じさせる会話の内容(たとえば畑や漁、天気の話など)や、話し言葉に表れる独特のイントネーションは、大都市で過ごしていてはなかなか味わうことのできない、旅先ならではの要素です。高校生同士の会話を聞いて、「自分も昔は友達とこんな話をしていたなあ」と、懐かしい気持ちに浸ることもあるでしょう。
しばらく乗っていると、乗降の多い駅がある一方で、一部の普通列車すら通過する駅が出てくる場合もあります。鉄道に乗ることで、その地域の人流や環境の一端を垣間見ることができるのです。
そうした耳から入る情報と、窓の外をゆっくりと流れていく風景とは、実に相性が良く、心地よいひとときを演出してくれます。夏などは、窓が開くのであれば開けて風を感じたり、ディーゼルカーであればエンジン音に耳を傾けたりするのも一興です。まさに「五感で感じる旅」と言えるでしょう。
大都市では、複数の会社の路線を直通して走る列車が多く見られます。しかし、地方のローカル線に乗ると、1つの路線であっても途中の駅で乗り換えが必要になったり、反対方向から来る列車との行き違いのために、ある程度の時間停車したりすることがあります。こうした時間を利用して、駅周辺をふらっと歩いてみるのも良いでしょう。
また、業務の邪魔にならない範囲で、駅員や乗務員と会話をすることで、耳寄りな情報を得ることができるかもしれません。ローカル線の旅では、効率の悪さや不便ささえも楽しみの一つにしたいものです。

ローカル線の終着駅がもつ魅力

ローカル線の中には、終点の先でレールが途切れる「終着駅」を持つ路線も多くあります。JR各社の終着駅は全部で81駅あり、このほかにも私鉄や第三セクターの鉄道が有する終着駅が数多く存在します。
この終着駅にもさまざまな形があります。駅員が常駐し、駅前には広々とした立派な広場が整備されている、いかにもターミナル駅らしい駅もあれば、こぢんまりとした無人駅もあります。
終着駅には独特の風情が漂っており、それぞれの駅に異なる個性や魅力が感じられます。
楽しみは駅そのものにとどまりません。駅周辺(たとえば、駅から少し離れた場所にある街の中心部や繁華街など)を歩いてみるのも、旅の大きな楽しみの一つです。
駅が街の中心から離れているということは、地方ではよくあることです。そんなときには、街を歩き、地元のスーパーや百貨店をのぞいてみたり、道端から見える風景を目に焼き付けたりするのも良いでしょう。場所によっては、その土地特有の匂いが記憶に残ることもあるかもしれません。
せっかくの旅を駅だけで終わらせるのはもったいないことです。街歩きを楽しむべきでしょう。
一方で、駅の周辺に「街」と呼べる場所が存在しない終着駅もあります。そうした駅では、ただぼんやりと周囲の風景を眺めながら、静かに時間が過ぎるのを待つ、そんな過ごし方ができるのも、ローカル線の旅ならではの魅力です。
また、かつては現在の終着駅よりもさらに先まで線路が延びていたという路線もあります。今では車止めが設置され、線路がぷつりと途切れているかもしれませんが、かつてその先へと続いていた線路と、そこを走っていた列車や乗客の姿を思い浮かべながら、郷愁に浸るような旅も良いものです。これもまた、終着駅ならではの魅力の一つと言えるでしょう。
記憶に残る石北本線の普通列車の旅
北海道の新旭川(旭川)と網走を結ぶ石北本線という路線をご存じでしょうか?現在は全区間を走破する特急が2往復、特別快速が2往復、快速が1往復が走るほか、区間ごとに普通列車が運転されています。
筆者は2022年秋、この全区間を普通列車で乗りとおしました。当時、途中の上川~白滝間を走る列車は4往復の特急以外は特別快速と普通列車が1往復ずつという少なさなうえ、その普通列車も通して運転されるわけでなく、途中の上川と遠軽で乗り換えが必要でした。
実際に乗ってみると旭川近郊の区間は比較的利用者が多く、通学・通院・買い物などに利用されていました。しかし駅に止まるごとに降車があり、上川へと近づくにつれ、徐々に乗客は減っていきます。乗客同士の会話が聞こえていた車内も、いつの間にか静けさに包まれます。この間、車窓も都市~田園地帯、そして大雪山系が目前に迫る山がちの景色へと変化していきます。

上川からはいよいよ峠越えに挑みます。峠越えの区間では乗客に地元の人の姿はありませんでした。この区間、当時はキハ40形という窓が開く車両でしたので、窓開け目いっぱい新鮮な空気を吸い込みます。床下から聞こえてくるエンジン音と冷ややかな風が心地よかったことを覚えています。
峠を越えた白滝からは地元の人が乗車。運転士と言葉を交わす姿が目に入ってきました。こうした光景はローカル線ならではです。山間を進みますが沿線には畑地も見える北海道らしい景色の中を走ります。
遠軽で2回目の乗り換えです。といいつつ車両は上川から乗ってきたものと同じです。車内整備と点検を行うため1度下車しなければなりません。
遠軽から先は進む方向が変わります。以前はここから先、名寄本線のレールが伸びていましたが、1989年に廃線となってしまいました。現在は残った石北本線が旭川方面と網走方面とを、列車がスイッチバックする形で結んでいます。そのため駅構内は広く、どことなく終着駅のような風情が漂います。

駅の窓口では同じ列車に乗ってきた鉄道ファンらしき人と駅員さんがコミュニケーションをとっていました。これも列車本数の少ない駅だからこそのシーンでしょう。
遠軽を出発し、常紋峠を越えると北見近郊の区間へと突入します。車窓も拓け、のどかな田園風景が展開します。車内には再び地元の人が多くみられるようになり、若干賑やかになります。1時間弱走り、網走湖が車窓に現れると間もなく終点・網走です。

現在、この区間は新型車両が投入され、列車の窓は開かなくなり、エンジンの音も違ったものになっていますが、人々や景色が織りなす光景は変わらず存在していることでしょう。
ローカル鉄道旅をする、町を巡る
先に述べたように、苦境に立たされているローカル線やローカル鉄道は、全国にたくさんあります。そうした鉄道路線に乗るということは、その路線を支えることにもつながります。もしかすると、それは「今」しかできない、儚さを感じる旅になるかもしれませんし、繰り返し訪れるきっかけを与えてくれる旅になるかもしれません。
そこでは、自身の在り方を揺り動かすような出会いや発見が待っている可能性もあります。時には日常生活から少し離れ、ローカル線に乗って、地方鉄道の旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。鉄道で巡る町の風景は、普段の生活の中で見るそれとは、きっと違って見えることでしょう。