
環境省の調査によると、2022年度末時点で本州以南のニホンジカの個体数は、約246万頭に上ると推定されています。
加えてこの調査に含まれていない北海道にはエゾシカが75~90万頭(推定)が生息しており、農作物の食い荒らしの被害(=獣害)や、鉄道や車との衝突事故の発生も数多く報告されています。
現代を生きる多くの人にとって、生活の上で鹿は「迷惑な存在」と言っていいでしょう。
鹿の捕獲は必要不可欠
鹿の生息数自体は2020年以降減少傾向が続いていますが、環境省は「依然として高い水準にあるため、引き続き捕獲強化を進めていく必要」があるとしています。
その一方で獣害はより深刻さを増しています。
農林水産省の調査によると、2023年度の野生鳥獣による全国の農作物被害は164億円ですが、そのうち鹿によるもの70億円に上り、対前年比で4.5億円増加しているのです。
鹿の捕獲が必要なことは言うまでもありませんが、問題は捕獲した鹿をどのように活用するのかです。
鍛冶(2022)では「生態系の保全を目的とした鹿の人為的な頭数管理のためには,一定数の鹿を駆除する必要がある。しかし今後の鹿対策として,駆除された鹿を害獣として殺処分するだけでなく,駆除後の鹿をいかに活用できるかを模索することも重要である」と指摘されています。
ジビエとして捕獲した鹿を活用するための課題
こうした課題に対し農林水産省は「捕獲した有害鳥獣をジビエとして利用していくことで農山村における所得向上等が期待されており、マイナスの存在であった有害鳥獣をプラスの存在に変えていく取組が進められてい」るとしています。
ジビエとはフランス語で野生鳥獣肉のことです。
野生鳥獣なので、鹿だけでなく猪やキジなどの鳥類も含まれます。しかし、先述のように鹿の獣害は他の野生生物のそれに比べ被害が大きいことから、特に喫緊の対応が必要とされています。
前掲の鍛冶(2022)は「駆除された鹿を活用できる部位として,肉・皮革・角・内臓があり,鹿はほぼ全ての部位を活用できる。特に,昨今ジビエ料理への関心が高まるなかで注目されるのか肉(鹿肉)」であるとしています。
しかし、鹿肉の普及には課題もあります。
同論考は「生産・流通面では,獣肉である鹿は畜産肉である牛肉・豚肉・鶏肉と違い,その調達・生産・加工・販売に膨大な時間・手間・労力を要し,安定的な大量供給ができない」ことや、「「安くて安全な牛肉や豚肉をどこでも購入できるので,あえて馴染みのない野生肉を積極的に食べる理由が見当たらない」こと、加えて「今日の日本社会には『鹿肉を食べる文化』が十分に根づいていないことも鹿肉消費を抑制する」と述べ、生産者側、消費者側の双方、さらに文化的な場面で解決すべき問題があるとしています。
筆者は上記に加え、鹿肉の味や風味、食感にいいイメージを持たない人が多くいるのではないかと考えています。
鹿肉を美味しく食べるには迅速かつ丁寧な処理が必要です。これを怠ると鮮度が落ち、臭みや味が落ちるのです。
単に流通や消費の面だけでなく、「美味しく食べられるような処理・加工」も必要であると考えます。
鹿肉をジビエとして活用する取り組み
これらの課題に対し、全国の加工業者や販売店が解決に取り組んでいます。
農林水産省は「ジビエ利活用の取組事例集」という資料の中で、全国46の事業者や地域モデルが事例として紹介されています。
この中で扱われている30の事業者のうち20の事業者が鹿肉を扱っています。
中でも北海道の新得町にある「株式会社ドリームヒル・トムラウシ」と斜里町にある「株式会社知床エゾシカファーム」はともに鹿肉専門の加工業者です。
どちらも北海道が定めたエゾシカ衛生マニュアルに基づき適切な処理を行い、北海道の「エゾシカ肉処理施設認証制度」の認証を受けています
ドリームヒル・トムラウシは、エゾシカの生体捕獲、一時養鹿から食肉加工まで一貫して行い、肉を最高の状態で保存できる冷蔵庫や冷凍庫を導入し高付加価値化を図っています。
加工された鹿肉は、東京都内のレストランに出荷されるほか、ふるさと納税の返礼品としても扱われています。
知床エゾシカファームは、捕獲したエゾシカを養鹿牧場で飼育し通年出荷しており、安定した流通を図っています。
またハンターからエゾシカを買い取る際は、事前に血抜き技術の研修を受けたハンターから、狩猟後2時間以内に適切に血抜きされた個体のみを買い取っており、鮮度にこだわっています。
精肉やハムなどに加工した商品は、大手スーパーやレストランに出荷しているほか、自社のネット通販でも扱われています。
どちらの事業者も設立当初の目的は獣害対策であることも共通しています。
こうした取り組みは獣害対策に有効である同時に、鹿肉を地域ブランドとして活用し、「ジビエビジネス」を展開するチャンスでもあるのです。

食で獣害を抑制する
従前、ジビエを食べる機会は限られており、ほとんどの場合、高級フランス料理店などの一部のレストランか、捕獲・処理・加工が行われる地方へ赴き、その場所で食べるしかありませんでした。
しかし最近では、以前よりも市場に流通するようになりつつあり、レシピサイトにジビエ料理のレシピも掲載されていますし、レシピ本も出版されています。
特に、鹿肉はハムやサラミなどに加工されたものも多く、中には味付きジンギスカンとして販売されているものもあります。これらは味が工夫されており、美味しく食べられるようになっています。
昔に比べると、鹿肉を食べる難易度は下がっていますし、クオリティも上がっているのです。
また、鹿肉を食べることは間接的に獣害対策にもつながります。
みなさんも身近になりつつある鹿肉を食べてみませんか?
参考
- 環境省「全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定等の結果について」 https://www.env.go.jp/press/press_03122.html
- 農林水産省「全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和5年度)」https://www.maff.go.jp/j/press/nousin/tyozyu/241227.html
- 農林水産省「鳥獣被害とジビエ」 https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/r1_h/trend/part1/chap4/c4_5_00.html
- 鍛冶博之(2022)有害鳥獣が及ぼす現代的課題と対策―鹿の場合.徳島文理大学研究紀要第103号
- 農林水産省「ジビエ利活用の取組事例集」 https://www.maff.go.jp/j/nousin/gibier/attach/pdf/jirei-13.pdf

